思い出し日記的なやつ【番外編】

 過去の記憶を掘り起こしながら、ブログをその2まで書き、はやくも番外編。

 当時の思い返しではあるので、実際は番外編ではなくて、話を膨らませる物になるんだけど、それが膨らみすぎるのかなぁと思ったので、番外編という形にしました。

 

 今日2017年6月5日で、世界が日本に誇るD-beat master こと、DISCLOSEの川上さんが亡くなられて丁度10年になるのですね。

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 個人的に交流があったわけではなく、ただ一方的に憧れ尊敬してる川上さんとの少しばかりの思い出を10年の節目なので記しておきたいなと、思ったので。川上さんの人となりといったような話は出来ないので、その部分を知りたい方はK-CLUBさんのブログを読んでいただいた方がいいですね。オーナーの井上さんの書く川上さんへの愛の溢れたブログはすごく面白いです。

 今日は世界中のD-beat狂いの人達がDISCLOSEの音源を聴き、DISCLOSEのTシャツを着て過ごすのではないのでしょうか。かく言う自分も、今日はKAWAKAMI FOREVER 2015のTシャツを着て出社、会社に着いてすぐにこのブログを書き始め、仕事の合間合間に書いているわけですがw

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 ぼくがDISCLOSEを初めて聴いたのは、2003年に男道レコードからリリースされたTERRO-RHYTHM #1でした。それまでは海外のパンクとかはまぁ有名どころはそれなりにって感じで聴いてはいたのですが、日本のパンクで、しかもハードコアパンクにはまだまだ疎く、埼玉の田舎ではあまりそういった音源やバンドの情報を得る事が出来ませんでした。前回のブログに書いてた後半の辺り、原宿に行きまくってたのがちょうどそのくらいの時期かなーと。

 んで、原宿行ってから新宿のディスクユニオンに行くなんて事が結構増えてきて、新宿のディスクユニオンで、前述のTERRO-RHYTHM #1がリリースされた時にそれを手に取りました。その時は当然、男道レコードというレーベルを知ってたわけでもなく、そのVAに参加していたバンドを知っていたわけでもなく、ただ800円という値段に惹かれて買ったのを覚えています。収録バンドは、DISCLOSE、It's You、CONTRAST ATTITUDE、CONGA FURYの4バンド。後々、男道レコードの名物激安最高級コンピとして、CONGA FURY以外のバンドは入れ替えで#7までリリースされてました。どれも極悪最強最高な音源なので、興味のある方はぜひ聴いてみてください。リンクはDiscogsのTERRO-RHYTHMのページ ↓

Terro-Rhythm - CDs and Vinyl at Discogs

 話がそれたけど、そのVAを聴き、轟音D-beatにやられたんですよね。1曲目がMass Death And Destructionで、「すげー激しい音なのに、なんでこんなシンガロング出来ちゃうような歌詞なんだ!」と。実は高校2年生の時にだんだんパンク・ハードコアが馴染んできて、少ないバイト代を使い色々中古で買うようになって、もちろんDISCHARGEも買いました。Clay Punk Singles Collectionというシングル集だったんですが、

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実は買った当初は耳に馴染まなくて、あんまり聴かず、初期パンクや、ADICTSBLITZと言った、聴きやすく歌いやすいパンク・ハードコアに傾倒してた当時のぼくにはDISCHARGEのカッコ良さがあまりピンとこず、数回聴いてお蔵入りしてたんです。だからDISCLOSEを聴いた時に、それがDISCHARGEのスタイルを継承しているとはすぐには気付かなかったんですよね。だからDISCHARGEを好きになるきっかけが、DISCLOSEだったいう、普通なら逆だろというそんな事になったのですw

 それと、D-beat好きな人の家に行けばだいたい置いてある、DISCLOSEディスコグラフィーRaw Brutal Assault Vol. 1・Vol.2が発売され、これもとにかくひたすら聴き続けたのでした。

 それでまぁとにかくDISCLOSEにやられ、しびれ、でも高知のバンドだから中々見る機会がないなぁと思ってたら、そのVA・ディスコグラフィーが出た翌年の2004年5月3日、高田馬場AREAにてCONFLICT FOR FREEDOMという大きなイベントがあり、そこにDISCLOSEが出演すると。作ったばかりの鋲ジャンにVARUKERSのTシャツを着ていったのをよく覚えています(というかそのVARUKERSのTシャツ、ボディが白なんだけど、緑に塗った鋲ジャンの袖のポスカが汗で一部Tシャツにしみ込み落ちなくなり、それで覚えてるんだけどw)。TOM & BOOT BOYSや、POGO MACHINEEXTINCT GOVERNMENTHAT TRICKERSも楽しみだったんだけど、でも一番はやっぱりDISCLOSEだった。CONFLICT FOR FREEDOM 2004のビデオを持ってる方はDISCLOSEの時にハット被った鋲ジャンがステージ前を右へ左へピョコピョコ動き回ってるのを見る事ができますが、それが19歳の私ですwちなみにそのライブの帰りにまちゃんを誘ってSMASH COCKSが形になるのですが、その話はまた今度。

 その時は物販でステッカーとバッジを買ったと思います。ちょうど物販に川上さんはおらず、なぜか物販にいたリッキーさん(EXTINCT GOVERNMENT)にお金を払って買ったのを凄く覚えています。あれはあれで凄く緊張したなw

 そのステッカーをプラスチックのバッグに貼って、専門学校に通ってたんだけど、喫煙所にいた時に、学校の教員室の事務担当のお兄さんというか職員なんだけど、その人がステッカーを見るなり、「あれ?川上君まだDISCLOSEやってるの?」って言ってくるから、なんだこの人わ??と思ったら、ANODEの初代ドラマーだったそうで、男道からEPをリリースした際に高知に行き、川上さんと男道オーナー井上さんから死ぬ程酒を飲まされたって話を聞かせてくれましたw

 次にDISCLOSEのライブを見たのはそれからだいたい1年半後くらい、2005年下北沢のベースメントバーでのライブ。その時は他でなんかおっきいイベントがあったみたいで、皆そっちに行くと言い、タマ君(当時 TOiSRUS)と2人で行ったのでした。会場につくと、ちょうど機材搬入してたタイミングだったようで、DISCLOSEワゴンが会場前にドカーン!と停めてあって、それ見てタマ君とぼくは完全にミーハーになり大興奮!大きいイベントのウラだったし、DISCLOSE以外の出演者はハードコアバンドでは無かった記憶があるけど、誰だったか覚えてないようなイベントだったためか、かなり客は少なかったのを覚えています。

 最前に張り付き、川上さんのすぐ前に陣取り、間近であの轟音を体験したのでした。始まる前に置かれているアンプやギターやエフェクター類をタマ君と2人ですげーすげー言いながら見てました。そのライブで撮った川上さんの写真がこれ

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当時のガラケー画質&mixiにアップロードしてた写真を引っ張ってきたからかなり画像が荒いけど、こんな間近で見れたのが今でも夢ではなかったと思わせてくれる大事な写真です。ライブ終わって川上さんが片付けを始めた瞬間にタマ君が「セットリストもらっていいですか!?」ってモニターに貼ってあるセトリもらってたけど、タマ君普段そんなキャラじゃないからビックリしたw川上さんも「ええよ〜持ってって〜」って。

 そんで物販に行き、DISCLOSEの刺繍ロゴワッペンを買ったのです。

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このとき、このロゴと同じスタンプが押されてる小さい紙袋に入れてくれて、「うおおかっちょいい!もう1枚この袋欲しい!」と思ったので、その紙袋目当てですぐ缶バッジを買いに再び物販に行くと、川上さんが「あれ?さっき買ったばっかよね?」って言ってくれ、紙袋が欲しくてまたバッジ買いにきましたと伝えると、ガハハと笑った後に、「こんな紙袋でよかったら、毎回持ってきてるから、そんな焦らんでも、またライブしに来た時に買いにきてくれたらいいのに」ってすごく優しい笑顔で言ってくれて、「東京にもたまーにライブしに来るから、また遊び来て、今日は来てくれてありがとう」って言ってくれたのは今でも凄く覚えてる。

 結局、個人的にオーストラリアへ旅立つ日にDISCLOSEが東京でライブをやる事があって見に行く事が出来なかったり、仕事の都合で見に行けなかったりと、その後はライブを見る事が出来ず、その下北沢のライブが最後に見たライブになってしまったのでした。

 2007年の6月からぼくは仕事で仙台に引っ越す事になり、6月4日に仙台入り。そして川上さんの亡くなられた翌6月5日、まだ部屋にコンポが無かったので、iPodをスピーカーにつなぎ、DISCLOSEを聴きながら新生活の準備をしてたのです。翌日、mixiを見ていると、川上さんの訃報が。いや、昨日DISCLOSE聴きながら新生活準備してたのに!と凄く動揺しました。

 川上さんの動向は気になっていたので、Goatworshipperも当然チェックしていたし、その影響でハーシュノイズも聴くようになり、また世界中のD-beatバンドもたくさん聴くようになっていました。THE CRANKSディスコグラフィーBACTERIAのデモ音源集がドーン!と発売されても、しっかり訓練された川上マニアになってたぼくはすぐに買いに行ってました。悪魔教までは手を広げなかったけどw

 その年の秋にDISCLOSECONTRAST ATTITUDEでツアーをやる話も聞いていたので、その時は東京に行って見ようと心待ちにもしていました。ぼくなんかより、川上さんや、近い方達はもっと悔しい思いだったんだろうなと今はそう思います。

 そして、川上さんが亡くなってから1年以上経って、仙台から東京に遊びに来ていた時に、初台WALLになんかのライブを見に行ってたのですが、その時に軍シャツに縫い付けているDISCLOSEのワッペンを見た女性が「川上のこと好きなん?」って、聞いて来たので、前述のANODEのドラマー遭遇事件同様、なんだこの人わ??って思いつつ話していたら、どうやら川上さんの彼女さん。亡くなられてから少し経って、吹っ切るためにもと東京に出て来て生活し始めたばかりだったみたいです。そんな話をしてたけど、ハットリのケンジさんのように何故か白塗りメイクをしてた(その日だけ)ので、それもあってか、あまり哀しい感じにはならず、「これからも川上の事好きでいてあげてー」と言い、最後に缶バッジを一つくれました。

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「このバフォメットの缶バッジなー、川上がつけてたやつなんよ、遺品!川上好きな人にあげるわ!」って言ってぼくにくれました。その後数回ライブハウスで会い、バッジ見る度「ちゃんとつけてくれてるー!」って言ってくれました。その数年後に亡くなった話を聞きました、今でももらったバッジ大事にしていますよ!!

 そして今現在もDISCLOSEが残した作品の影響は世界中のバンドにDISNIGHTMARE STILL CONTINUESしているわけですが、ぼくもいまだにそのナイトメアがスティルコンティニューしてる状態です。とは言っても、ごりごりのD-beatをやるでもなく、ファッションを真似るでもないのですが、自分の節目になるような時、気持ちが乗らない時、気持ちが乗ってる時、色んな時にDISCLOSEを聴いては奮い立たせているのです。

 今ではLiFEがたまにCONQUESTのカバーをしたりしていますが、やっぱり凄く盛り上がりますね。DISCLOSEのTシャツを着て歩いてると、たまに外人さんから声かけられたりもして、相変わらず影響力が果てしない人だなーと思います。

 これからもDISCLOSEは好きでい続けると思います。そんなこんなで

KAWAKAMI-FOREVER!!!!!!!!!!

 縁もゆかりもほとんど無い、一ファンの戯言と回想録長々と失礼しました。

 

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ちなみに、このI♥C-BEATバッジはCONGA FURYのもので、ぼくはCONGA FURYも大好きだったので、物販に置いてあった時に迷わず買いましたw

思い出し日記的なやつ【その2】

 前回の思い出し日記的なの書いてからざっくり1ヶ月経ってました。

こんにちわ。

 前回のを書き終えた時は、CHARGeD YOUTHやりきったのと、久々に鋲ジャン着てコーラスしてみたりして興奮覚めやらずだったため「今の気持ちをガーッと書くゾ!」みたいな思いがあったのですんなり書けたし、なんなら書く事が多くて書ききらないからとりあえず何個か続きで書いてみようかなーTwitterだと文字数あるし、みたいな気持ちだったんです、本当ですよ(言い訳)

 

 とりあえず、今回のを書く前にまず前回のやつ

思い出し日記的なやつ【その1】 - ∞┗ノょ~ㄘん∞の日記

 んで、これに関しては、読んだコナーから「間違えてる!訂正しやがれ!」とのお叱りのLINEがタイムラグもなく届く、21世紀ってすげぇ、あ、すみませんw

んで訂正。

 まずgigantick not dead! watts never die!!!ってスローガンをコナー発信て書いてたけど、正確に言えばよっしーさんがコナーに言った物を、ぼくはコナーのインスタを見て知ったという顛末ですね、ふむふむ。んで、結構みんなCHARGeD YOUTHをコナーバンドって言ってたから、えー!って思うかもしれないけど、バンド自体の発案者はよっしーさんでした。バンド名はコナーが決めたと。そういう事だったんですね。なるほど。失礼しました、ここで訂正いたします!I'm so sorry, I will correct it here!

 

 と、前回の内容を訂正しつつ、今回は何書こうかなーってとこなんですけども、今回は自分語りなのであんま面白くない感じです。はぁ(´・_・`)

 簡単にパンクとの出会いを申しますと、時は1997年世の中は、第何次か知らんけどバンドブームで特にビジュアル系が流行ってました。中学生になった純粋なぼくは真面目にお勉強もしつつバンドの魅せるチョイ悪な感じに惹かれていき、親父が持ってたギターをもらいビジュアル系からの、TMGEブランキーTHE STREET BEATSなどの不良少年達の歌にハマっていくのでした。ちなみにその前は小室ファミリー大好きマンでした。

 んで、中3になるとベースをやってる同級生から「Green Day聴いてみなよ、パンクだよ」と言われCDを貸してもらったのですが、中学生の少ない知識で「パンクってSex Pistolsの事じゃないの?」って思い、借りたCDはすぐ聴かずに自転車に乗り近所のジャスコに行き、Sex Pistols【KISS THIS】を買ったのです。ジャスコで、大事な事なので2回言いました。ほんで、ピストルズと言えばもちろんの【勝手にしやがれ】を買うつもりが、【KISS THIS】の方が収録曲が多いって事で、切ない中学生のお小遣い事情で、少しでも多く曲が聴けたらいい!の精神で、初のパンク音源はSex Pistolsの【KISS THIS】に。まぁその後アホ程聴き込んだし、今でも聴く愛聴盤ですな。

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 初めてピストルズを聴いた瞬間に「今まで聴いてた音楽はなんと行儀の良くてつまらないものか!」と思い、初期衝動で当時買ってたビジュアル系のCDはどーんと売り払ったのでした。今たまに聴きたくなるので、思い早まって行動するのはよくないと思いますよ、教訓です。

 ほんでですよ、まぁその同級生となんやかんやとGrenn Dayのコピーに明け暮れつつもしっかり高校受験して、お勉強人生の中学生なぼくは1月の半ばには都内の私立高校に推薦で合格しちゃうっていうお利口さんでした。周りが受験勉強にあけくれ、暇になったため、近所のレンタルビデオ屋にいき何か借りようとフラフラしてると、

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この2タイトル、THE GREAT ROCK'N'ROLL SWINDLED.O.A.が置いてあったわけですよ。んで借りるですよ。旧作だから1週間レンタル。それで返却してはまた1週間を3回くらい。これで完全にバカになったwとくにロックンロールスウィンドルではSIDのマイウェイのシーンを、D.O.A.ではX-RAY SPEXのシーンを繰り返しみてたなー。

 んで都内の高校に通いだし、原宿が近かったもんでしょっちゅう原宿に行ってた。当時はSEXY DYNAMITE LONDONが数店舗原宿にあり、セクシーとJIMSINNと、666に通ってたのかな。A STORE ROBOTもたまに行ってたけど「高くて買えねぇ!」と高校生の時にはほとんど買い物はしなかった(というか出来なかった)。

 聴く音楽も当時のメロコアブームに辟易し、初期パンクと、少しハードコア色の強いEPITAPHレーベルのバンド、つまりはRANCIDやらNOFXを聴いてたのでしたが、だんだんとRANCIDのメンバーの着てるTシャツのG.B.Hとは?DISCHARGEとは?と思うようになり、当時YouTubeもなかったので、DOLLを読んで調べて、御茶ノ水ディスクユニオンに行き中古で買ってきては聴き込むようになり、UK80'sのハードコアパンクに身も心もどっぷりとなったのでした。UK/DKも多分その流れで見たような、高校2年生とかそのくらい。あとよく聴いてたのは60’s MODSシーンのバンドかなー。この辺はピストルズから遡ってTHE WHOやSMALL FACESとか聴くようになったのがきっかけ。

 高校は大学付属だったのにろくに勉強もせず、成績も下から数えた方が早く担任からは「当校始まって以来のクズ」とまで言われたぼくはまぁ当然のように進学せずフリーターに。この時が2003年。バイトの無い日は原宿へ行きJIMSINNとセクシーに入り浸ってた。当時JIMSINNではアズサ君(STAGNATiON / C)が、セクシーではTAKA-44さん(TOM & BOOT BOYS)が働いていたので、よく話し相手してもらってたのでした。今でも付き合いがあるとも思ってなかったし、なんならアズサ君(当時結構怖かったw)と、Cで一緒になったり、STAGNATiONのディスコグラフィーの作成お手伝いさせてもらえるとも、当時は思ってもいなかったな〜。

 んでですね、ある日、深夜にやってた音楽番組でMCの子が44の着てた鋲ジャンを着てたのを見かけ、ぼくは44に「鋲ジャンの作り方を教えてください!!」って言いにいきましたwこの時18歳。そしたら44から「POGOパンクって知ってる?」と言われ、最初に教えてもらったバンドがTHE DiSCLAPTiES。ちょうどライブもあるし、同世代な人も結構来るから行ってみない?と誘われ、当時のたまり場となる小岩eM sevenに初めて行く事に。小岩駅の階段で44が来るのを待っていると、少し離れた所にBMXに乗ったモヒカンの同い年くらいの青年がいて、お互いパンクのかっこだし、チラチラ見てるんですよね。気まずくなってきて、「44早く来てくれー!」とナメック星のクリリンの様な気持ちになった所で44が来たのですが、するとそのモヒカンがこっちに来るではないですか。どうやら44と知り合いらしく自己紹介。それがユウト(The TiTS)なのでした。

 そして「小岩の駅近くのマックで待ち合わせしてるから」とのことで、着いていくと、GOUさん(4SPiKES)SHiNICHi(当時4SPiKES、現ASUKA AND THE BUM SERVANTS)まちゃん(SHOTGUN PLAYBOYZ)などなど数名がマック店内で缶のウーロンハイを飲んでたりするのでした。そのまま合流し、eM sevenへディスクラを見に行く。自慰天が出演してたのはすごくよく覚えていて、兵藤さんおっかねーと思って後ろに下がったのを覚えていますwその時ディスクラは2日連続でライブで、次の日は西荻窪Wattsへ。eM sevenもWattsもどちらも今はもう無いんですよね。懐かしいな。

 

 と、まぁこんな感じでいわゆるアンダーなパンクシーンのライブに行き始め、様々な方達との交流が深まり始めていくのでした。だいぶ長くなった気がするから今日はここまで。バンドを組むまではもう少しという所まできましたがここまでバンドらしいバンドはやってなかったので、ほぼ素人童貞状態。組むのは組んだがライブやらずとか、そういう感じでしたので。

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 当時44がやってたバンド、DiSSECTSのフライヤー。ハードなストリートパンクって感じでカッコ良かった。メンバーは、ボーカルがアヤトモ(DUSTPAN / RETORT )、ギターがYAMAさん(KAMISORI)です。

 んでは、今回はこの辺で。あんま需要ないけど、近々また更新します。多分、、、

思い出し日記的なやつ【その1】

 先日、429日にFrom England日本のパンクマニアでお馴染みのコナーがボーカルのCHARGED YOUTHというバンドにて、早稲田ZONE-Bからの、西荻窪PitBarへ移動しての2ステージのライブをさせていただきました。

 早稲田ZONE-Bdfer企画の金成さん、事前に色々無理言ってしまったのも快く引き受けてくださってありがとうございました。また、コナー来日時にいつもお世話してくれている下北沢KILLERSの井上さん、ZONE-B企画の橋渡しをしてくれた、きづく(BEER BELLY)もありがとうございました。

 実に10年ぶりくらいに鋲ジャン着てライブやって、OI! Oi!言ってみたり、POGOダンスしてる人たちを見たりして、すごく懐かしい気持ちになり、昔の事も結構思い出してきたので、特別需要もないだろうとは思うのですが、自分の思い出メモ的な感じで、数回にわけてブログ的な物を書こうかと。ツイッターじゃ140文字しか書けないし、mixiの日記はもう更新する気もないしw

 

 まず、CHARGED YOUTHとは、メンバーが、Vo. Connorex: The INJECTiONS)、Ba. Yossyex: GETTER ROBO, SHiT-FACED, the cancels,RECONSIDERATIONなどなど)、Dr. DiCK IWATAex:BOOB$ $HIT, now: THEノーフューチャーズ)、んでわたくしGu.Ryochingex: SMASH COCKS, THE NiTS, now: C, TODESTRIEB 4人組です。コナー以外は全員over30、まさに30's PUNX GO FOR IT!バンド。 

 CHARGED YOUTHの結成については、コナーが以前組んでいたバンド、THE INJECTiONS解散し、その後も日本に来ては個人企画をやってDJ GIMMICKとしてDJはしつつも、やっぱりバンドでライブをやりたかったみたいで、よっしーさんにそう言う話をしたら「じゃあやればいいじゃん」って事になり、よっしーさんもレコンシダ解散後だったので、巻き込み事故的にメンバーになる事が決まり、90's な日本のPOGO PUNKのカバーをやろうって事になったみたいです。そんで、よっしーさんからギター弾きませんかー?と言うお誘いをいただき、ではやりましょう!と。んで、コナーはイワタ君に叩いてほしいみたいだったので、しばらくドラム叩いてないし、やってくれるかなー?と思いつつイワタ君に連絡すると、そっこーで「いーよ。」とお返事いただきメンバーが決まったのでした。これが去年(2016年)の11月頃。この頃に、ぼくの方は、新しく始めたTODESTRIEBというバンドの初ライブの告知を開始したばかりだったし、よっしーさんは来たる2月のSTAGNATiONのワンマンで数曲ギターを弾くためそっっちに専念したいと言うのもあり、イワタ君もノーフューチャーズや仕事の都合もあるので年越すまで、というかSTAGNATiONのワンマンの日まで「ほんとにやんの?」くらいの気持ちでいたのでした。STAGNATiONのワンマンの日に3人顔をあわせたので、「んじゃそろそろやりますか」とw遅いw

 そして、今年の322日についに重い腰が持ち上がりスタジオに入るのでした。コンセプトと言うか、スローガンがコナーから発信され、それによると「gigantick not dead! watts never die!!!」との事。「コナーどっちのライブハウスにも行った事ないやん!」っていうのが満場一致でのツッコミどころだったけど、これライブの時いっさい触れなかったなーwそして、メンバー非公開的な感じでやる的な話を最初聞いてたから、当日まで余計なこと言えんなぁとか思ってたら。コナーがインスタでメンバー紹介もばっちりしてくれてましたというオチw別にいいけどw

 カバー曲はTHE DiSCOCKSを中心に、The Spiky JoysCharged LadsPOGO MACHiNE、そんでもってよっしーさんのいたGetter Robo、ライブでは演らなかったけどThe Spectatorsをやろうってなことで、10曲程度課題曲にし、コナー抜きでまず3人でスタジオに。各々違う雰囲気のバンドをやるようになったので、いわゆるPOGO・ストリートパンクな音楽はプレイしなくなっていたので、うまく出来るだろかと不安だったものの、さすが結構聴き込んでた曲達だったりするので、案外すんなりできたのでした。んで、この時点でThe Spectatorsがコナーから歌うの難しいって言われたのでやらない事になり、Expose82をやる事になったのでした。

 そもそもExpose82ってノイズコアな感じじゃんってのもあるんだけど、これには理由があって、当初は早稲田ZONE-Bでのライブのみだった予定が、同日に西荻窪PitBardferが開催され、こちらにTHOUGHT CONTROLが出るのでコナーが金成さんに頼んでdferに出る事にwPOGOバンドがdfer!?って不思議な感じもするのですが、快く引き受けてくれてありがとうございました。んで、そっちはノイズコア好きな人もいるし、Expose82やろう!という事で急遽やる事に。ついでにコナーには内緒で、CHAOS UKNo Securityと、MENACEG.L.Cも練習。この辺みんな大好きでしょ?w

 んでコナーが日本にきてから1回みんなであわせていざ本番。ZONE-Bではライブ前にPOGO MACHiNEのPOGO WITHOUT A CAUSEがずっと流れてて、テンションあがったなー。システムリジェクツウェイオブラ!

 

 早稲田ZONE-Bセットリスト

1. GO GO DiSCOCKS( The DiSCOCKS ) 2.Have your fun tonight ( The DiSCOCKS ) 3.Middle class melodies ( Charged Lads ) 4.Long live Oi! ( The DiSCOCKS ) 5.Fuckin' nazis annihilation ( The Spiky Joys ) 6.Oi! power ( The DISCOCKS ) 7. Pogo or Die ( POGO MACHINE ) 8.Guts of worker ( Getter Robo ) 9.Fucked up in the city ( The DiSCOCKS)

 

 西荻窪PitBarセットリスト

1.GO GO DiSCOCKS 2.Have your fun tonight 3.Middle class melodies 4.Pogo or Die 5.Long live Oi! 6.Fuckin' nazis annihilation 7.Oi! power 8.Guts of worker 9.Fucked up in the city 10.Daily life( Expose82 ) 11.No security( Chaos UK ) 12.G.L.C( Meance ) en.Life( Disorder )

 

 ありがたい事にPitBarではトリをつとめさせてもらったうえ、アンコールまでしてもらい、練習でやってないけど何となくできんじゃねーの?ってノリでDISORDERのLiFEを勢いでやる事にwよっしーさんのベースとイワタ君のドラムに頼ろうと思い、エフェクターのツマミを全部目一杯あげてフルボリュームノイズにし、ぼくは事なきを得ましたw

 

 そんなこんなで、ライブは無事に終わり。コナーがまた10月に遊びにくる時に、今度は自主企画をやるらしいので、その時にまたやりたい!と。や、やるの!?や、やりましょうwどうなるかわからんけどw

 と、思い出し日記でダラダラ書いてたら結構な文字数書いてたので、今回ここまでにします。【その2】からはぼくが見てきたPOGO・ストリートパンクシーンの話とか書いてこうかと思います。きづくぐらいしか喜んで読んでくれなさそうだけどw

 

でわでわ(続

 

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